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福井地方裁判所武生支部 昭和61年(ワ)22号 判決 1987年1月30日

原告

岩城昭一

右訴訟代理人弁護士

八十島幹二

被告

酒井真悟

右訴訟代理人弁護士

宮本健治

主文

一  被告は原告に対し、金一二万円及びこれに対する昭和五九年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

(申立)

一  原告は、次のとおりの判決並びに仮執行宣言を求めた。

1  被告は原告に対し、金二二四万九三五〇円及びこれに対する昭和五九年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告は、次のとおりの判決を求めた。

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

一  原告は、次のとおり主張した。

1  原告は、左記の交通事故(以下本件事故という)にあつた。

発生日時 昭和五九年七月一五日午後六時三〇分ころ

場  所 鯖江市本町一丁目一番九号先路上(以下本件事故現場という)

加害車輌 軽四輪貨物自動車(以下被告車という)

右車輌運転手 被告

被害車輌 普通乗用自動車(以下原告車という)

右車輌運転手 原告

2(一)  本件事故の態様は、原告が原告車を道路左端寄りに停車させ、運転席の椅子に腰掛けたままで上半身を背もたれからやや起こして手探りで運転席側の開いていたドアを閉めようとしていたとき、道路中央寄りを走行してきた被告車の前部が半開していた右ドアの後端部に追突したもの。

(二)  原告は、本件事故により後記治療を要する外傷性頸椎捻挫及び腰部捻挫の傷害(以下本件傷害という)を受けた。

(三)  本件事故は、右事故態様から明らかなとおり、被告の前方注視義務懈怠に基づく過失によるものであるから、被告は、原告が本件事故によつて被つた人的及び物的損害を賠償する義務がある。

3  原告は、本件傷害の治療のため、本件事故の翌日の昭和五九年七月一六日武生市所在のマルカ整形外科病院へ通院し、同年七月一九日から同年八月一〇日まで入院した。また右同病院へ同年八月二二日から同年九月一八日まで再入院し、その後同年一〇月四日まで通院した。

4  原告は、本件事故により、左の(一)ないし(四)の合計金一九九万九〇五〇円にのぼる人身上の損害を受けた。

(一) 治療費(マルカ整形外科病院分) 金七六万五〇六〇円

(二) 入院雑費 金四万円(入院日数五〇日、一日当り金八〇〇円)

(三) 休業損害 金六九万三九九〇円

原告は、健康な男子であつて、本件事故当時、昼間は眼鏡の型を製作している有限会社共友工業に勤めて平均月額金一六万四五五八円の収入を得ていた他、夜間は丸藤商会有限会社に所謂代行運転手として勤め、平均月額金六万四七〇〇円の収入を得ていた。

しかるところ原告は、本件傷害のため昭和五九年七月一六日から同年一〇月六日までの間休業することを余儀なくされ、右休業によつて左の内訳による損害を被つた。

(イ) 共友工業関係 月収損 金四四万四三〇〇円

夏期ボーナス損  金七万五〇〇〇円

(ロ) 丸藤商会関係 月収損 金一七万四六九〇円

(四) 慰藉料 金五〇万円

本件事故態様及び本件傷害の程度等を総合するときには、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、金五〇万円を下回らない。

5  物的損害 金五万〇三〇〇円

原告車は、本校事故により右ドア等が壊れた。そのため原告は、右金額を修理費として出捐することを余儀なくされた。

6  弁護士費用 金二〇万円

原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に依頼し、報酬等の支払いを約したが、その内金二〇万円が本件事故と相当因果関係にある原告の損害である。

7  よつて、原告は被告に対し、民法七〇九条所定の損害賠償請求権に基づき、金二二四万九三五〇円及びこれに対する遅滞後である昭和五九年七月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告は、次のとおり主張した。

1  原告の主張1、同5記載の各事実は認める。同2の(一)記載の事実のうち、本件事故の態様の大略は認めるが、原告の姿勢等については不知。同2の(三)の主張のうち、本件事故が被告の前方注視義務に帰因することは認める。その余の原告主張事実は、不知ないし否認する。

2  被告車が本件事故によつて原告車に与えた衝撃は、ごく軽微なものであつた。従つて、右衝撃により原告が頸椎捻挫等の傷害を負うことはない。

3  即ち、所謂鞭打症と呼ばれる頸椎捻挫が追突事故によつて発生するに至る一般的要件は、次のとおりである。

(一) 被追突車に一定以上の大きさの加速度が加わり、同車が前方へある程度の距離押し出されること。

(二) そのため被追突車の乗員の体は急速に前へ押し出されるが、頭部は座席の上に出ていることから、慣性で取り残される状態になること。

(三) その結果、頭部を支えている頸部は、生理的運動範囲と目される角度(平均六一度)を超えて後屈し、次いでその反動により頭部は前へ飛び出すため、頸部は今度前屈する運動状態になること(過伸展及び過屈曲の状態の存在)。

(四) 右の運動状態により、頸部の靱帯、筋肉、神経、骨等に損傷が生ずること。

4(一)  しかるところ、本件事故の詳細な態様は、被告が被告車を運転して本件事故現場を直進中、前方に運転席の右ドアを開放したまま停車している原告車を発見したので急制動の措置をとつたが、右発見が遅れたため停車しきれず、わずかに被告車の前のバンパーの左部分を原告車の右ドアの先端に追突させ、同ドア付根部分に凹損(小破)を生じさせたものの、右原告車を前方に押し出すことはなかつたものであり、一方被告車自体には、そのバンパーの左前部に修理の必要がない程度のわずかの擦過傷を生じさせたという程度のものであつた。

(二)  即ち、本件事故による原告車への衝撃は、各車輌の弾性の中に吸収される程度のごくわずかなもので、頸椎捻挫(ましてや腰椎捻挫)を生じさせる程強いものではなかつたことは明らかである。

5  なお、本件事故後に撮影されたレントゲン写真に認められる原告の第四、第五頸椎のズレは、約三・五ミリメートル以下の程度のものであるから、若年者に応々見受けられる頸椎の不安定性の範囲内のものであり、頸椎につき何らの異常を示すものではない。

6  よつて、本件事故は、物損事故にとまるものである。

(証拠)<省略>

理由

一1  原告の主張1記載のとおり原被告間に本件事故が発生したこと、及び同2の(一)記載の右事故の態様の大略は、原告車が道路左端寄りに停車していたとき被告車の前部が原告車の運転席の半開していたドアの後端部分に追突したものであることは当事者間に争いがない。

2  しかしながら、<証拠>によれば、所謂追突事故における被追突車の乗員が同事故によつて所謂鞭打症と呼ばれている頸椎捻挫の傷害を負うに至る一般的要件は、被告の主張3の(一)ないし(四)に記載のとおりであることは明らかである。また、経験則上、追突事故によつて腰椎捻挫の傷害が発生するに至るためには、特段の事情のない限り右頸椎捻挫の場合と理論上ほぼ同一の要件と、より大きな衝撃が必要であることもまた明らかである。

3  しかるところ、<証拠>によれば、被告が原告車を発見し危険を感じて急制動の措置を講じた地点は、原告車の約八・五メートル手前であつたこと、被告車の当時の速度は、時速約三〇キロメートルであつたこと(従つて、被告車の制動距離は、経験則上普通の状態では約一〇・四メートルである)、被告車は、その前のバンパーの左前部を原告車のほぼ四五度程開いていた運転席右側のドアの下部先端附近に衝突させたものであること、衝突後被告車は数十センチメートル先の地点で停止したこと、原告車は被告車より車体重量が重いこと、同衝突の結果、原告車においては、右ドア自体の付根部分とフロントフェンダーの一部にやや凹損を生じたが、被告車においては右バンパー部分にわずかに傷跡が残つた程度であつたこと、原告車は右衝突によつて、その場で多少動揺することはあつたが前方に押し出されることはなかつたこと、原告は、右衝突時には、運転席の座席に浅くではあるが座つてやや右斜め前を向いている姿勢であつて、衝突の衝撃により体が前後に振られはしたが、頭部その他をヘッドレスト等を含めてどこかに打ちつけることはなかつたこと、原告は、事故後その日は何ら痛みを感ずることはなく、その痛みを感じるようになつたのは、翌一六日以降であること、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件事故によつて、原告の身体に加えられた衝撃は、極めて軽微なものであつたと推認されるところである。

4  ところが、<証拠>によれば、マルカ整形外科病院の訴外辻里昭医師(以下訴外辻医師という)によつて、初診時である昭和五九年七月一六日、原告は本件事故によつて全治約三週間を要する外傷性頸椎捻挫及び腰部捻挫の傷害を負つた旨の診断がなされていること、本件事故後撮影された頸部レントゲン写真においては、原告の第四、第五頸椎の頸体角に軽い異常が見られたこと、原告においては、訴外辻医師に対し、頸部痛、頭痛、腰痛等の存在を訴えていたこと、原告は、右マルカ整形外科病院に、昭和五九年七月一九日から同年八月一〇日まで、及び同月二二日から同年九月一八日までの各間合計五一日間入院して、また同年七月一六日及び同年九月一九日から同年一〇月四日までの間各通院して、前記訴外辻医師から各種検査及び頸椎捻挫に対する投薬等の治療を受けたこと、が各認められるところである。

しかし、<証拠>によれば、訴外辻医師においては、原告から単に自動車の追突事故の被害者であると説明を受けて頸部、腰部の各痛み等を訴えられ、しかもレントゲン写真検査によれば前記頸体角の異常を発見しえたことから、本件事故によつて右頸体角の異常が惹起されたものと判断して前記診断及び診療行為に及んでいたものであること、ところが本件事故によつて原告が受けたものと推定される前記衝撃力の程度は、原告の頸椎に右頸体角の異常を惹起するに足るほどのものではないので、同異常は本件事故以前から原告に存した若年者に時折り見られる頸椎の不安定性に起因するものと判断するのが現在においては相当であること、原告には、右頸体角の異常以外には、頸椎及び腰椎の各捻挫が存する旨の狭義における他覚的所見は全く存しなかつたこと、原告に対しては腰椎捻挫の治療行為は、ほとんどなされなかつたし、またそれをする必要も全く存しなかつたこと、原告は、昭和五九年八月一〇日ころには、自覚症状である頸椎の痛み等も消失したので右同日退院したものであること、ところが、仮に原告が本件事故によりレントゲン検査では発見しえない頸部の筋肉等の軟部組織に損傷を受けていたとしても、同損傷は当然治癒しているはずである昭和五九年八月二二日(事故後三八日目ころ)に、再び頸椎の痛みを訴えて前記のとおり入院したものであることが各認められる。

5 右認定の各事実を総合して判断するときには、原告が訴外辻医師に自覚症状として訴えていた頸椎等の痛みは、そのほとんどすべてが所謂心因性のものであつて、原告は、本件事故によつて最大限見積つても頸部の筋肉組織等に数日間の安静治療が必要な程度の損傷を負つたにすぎないものと推認するのが相当である。

従つて、原告は、本件事故によりその治療のために入院五一日間通院二三日間を要する外傷性頸椎捻挫及び腰部捻挫の本件傷害を受けた旨主張しているが、本件傷害の程度は、安静加療三日程度の頸部捻挫であつたものと推認しうるのみである。

二本件事故は、前認定のとおり被告の前方注視義務を懈怠した運転行為に起因するものであるから、被告は原告に対し、原告が同事故により被つた人身上及び物質上の損害を民法七〇九条の法意に随つて賠償する義務の存することは明らかである。(被告においても、認めるところである。)

三本件事故の態様及び本件傷害の程度等は、前認定のとおりである。従つて、

1  原告の本件事故による人身上の積極損害としては、原告が訴外マルカ整形外科病院に対して負担した治療費のうち、初診当時ころに受けた検査及び診断(診断書料を含む)並びに治療等のみが相当因果関係内にあるものと認めるのが相当である。

よつて<証拠>を勘案するときには、右相当因果関係内にある金額は、金二万五〇〇〇円を上回らないものと推認するのが相当である。なお、前認定にかかる本件傷害に対する治療としては、入院が必要であつたことを推認するに足る証拠はないので、原告主張の入院雑費は認められない。

2  原告が得べかりし利益喪失として主張している休業損害については、原告においては、本件傷害に対する治療のため本件事故の翌日たる昭和五九年七月一六日から同月一八日までの期間(三日間)休業せざるを得なかつたものと認めるのが相当であるので、<証拠>により、右期間の休業損害として金二万四六〇〇円を認める。

3  原告が本件事故によつて被つた精神的損害に対する慰謝料としては、金一万〇一〇〇円を認める。

従つて、原告が本件事故によつて、被つた人身上の損害としては、右1ないし3の合計金五万九七〇〇円である。

四原告は本件事故によつて原告車のドア等に損傷を受けたため、金五万〇三〇〇円の修理費を出捐することを余儀なくされたことは当事者間に争いがない。従つて、原告が本件事故によつて被つた物的損害として金五万〇三〇〇円を認める。

五本件訴訟における主張及び立証の過程等からして、本件事故と相当因果関係が認められる原告の弁護士費用としては、前記三、四で認められた認容額の約一割相当額である金一万円を認める。

六以上によれば原告の本件請求は、そのうち金一二万円及びこれに対する遅滞後である昭和五九年七月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、同限度部分を認容することとするが、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文に、仮執行宣言については同法一九六条一項に各則つて、主文のとおり判決する。

(裁判官廣田民生)

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